(中略)いまの段階で言えるのは、ひとりの人間がのちに、どんなふうに変化し、どんなふうに化けていくかは誰にもわからないという、じつにあたりまえのことだけだ。人を見る目なんて、そうあるものではない。現在位置を教える神の視点はあっても、私たちの変化まで予知できるような視座はどこにもない。間近にいる人間と、とにかく愚直に言葉を交わし、「いま」を見定める――、その繰り返し以外にないのだ。
堀江敏幸/『なずな』 p.66-67)