東京大阪を通じて計算すると、吾朝日新聞の購読者は実に何十万という多数に上っている。その内で自分の作物を読んでくれる人は何人あるか知らないが、その何人かの大部分はおそらく文壇の裏通りも露路も覗いた経験はあるまい。全くただの人間として大自然の空気を真率に呼吸しつつ穏当に生息しているだけだろうと思う。自分はこれらの教育あるかつ尋常なる士人の前にわが作物を公にし得る自分を幸福と信じている。

夏目漱石 / 「彼岸過迄に就いて」